英語学習が簡単なのは「単純暗記」の作業だから。

私は昔から英語だけが取り柄の人間です。国語も理科も数学も社会もついでに体育も小学生の頃からからきし駄目な人間だったのですが、おバカさんの扱いを受けたことはありません。学内のテストでも受験でも資格試験でも英語がずば抜けてできたから。

両親が外国人だとか、帰国子女だってことはありません。生まれも育ちも日本、日本語ネイティブスピーカーの国籍マインド共に日本人です。英会話と言われるとちょっと自信がありません。「通じますが、正しいかと言われると微妙」って感じです。発音って課題がありますからね。あれはお歌と一緒、才能と実践が物を言うのです。しかし、発音以外に関して言えば英語学習というのは単純暗記の作業でしかありません。むしろ、単純暗記の作業だと考えないと、日本における英語学習はかなり高い確率で失敗します。

何故か? 語学に理論は通じないからです。ここ数年で日本の英語教育は一気に活発になり、様々な学習法が確立され、文法が体系化されましたが、それは結局諸刃の剣、英語というものも所詮言語の一つなので「例外」という穴ぼこだらけの代物になってしまっているのです。

ありませんか? 中学や高校の授業で文法や語法のルールを習って覚えたのに、いざ受験や資格試験に向けて勉強を始めてみたら、「この問題にはそのルールは使えない」だの「この文脈ではそのルールは適用されない」だの……何のためにルール覚えたんじゃい!ってなること。

ちなみに英語より更に歴史の古いロシア語では「ルールは100通りある。例外は無限にある」なんて言われてます。「何それ。じゃあなんでルールなんてあるの」と旅先で知り合ったロシア人に尋ねてみたところ、「いや俺たちもルールなんて知らない。外国人が勝手に作った」とのこと。

こういったネイティブスピーカーの母語への感覚は、日本人で言うと、二字熟語をこれは音読みで、これは訓読みで、なんて考えず、単純に覚えた通りに読んでいるなんてところに近いかもしれません。たまに、自分の中の単語のストレージで対応できず、引っかかったときにだけルールを引っ張りだしてくればいいわけです。

ルールを論理立てて覚えていったところで例外にいちいち躓いてイライラが募るだけ。それよりひたすら単語や熟語を覚えていって、ルールは後から聞いて「言われてみればそうね」くらいにしておくのが英語学習の近道です。

そう考えてみるとやはり私は記憶力がいいだけのバカだったわけですが、おバカさんの扱いは受けません。だって英語ができるから! 今の日本、ぶっちゃけそれだけで人生イージーモード。英語学習は単純暗記で乗り越えて早いとこトゥルーエンドにたどり着きましょう。